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第8回 1996年11月15日

 『人間が利用する製品は人間にとって心地よいものでなければならない。そのためにはやはり人間が五感で検査しなければならない。』

いろいろな企業にコンサルティングに行きますと、いろいろな仕事があるものだということがわかります。今回はその一端を書いてみたいと思います。

  1. ある企業にいきましたら、朝から夕方まで好きな音楽を聴いていることが仕事だという人がおりました。音楽を聴くためのリスニングルームがあって、そこで若い人がソファに座って楽しそうに音楽を聴いていました。毎日自分の好きな音楽を聴いているのだそうです。なんともうらやましい限りです。実は、この企業ではスピーカーを作っておりまして、彼は製品の検査をしているのです。もちろん、オシログラフなどの器械でも検査しているのですが、やはり微妙な音は人間の耳に頼らざるを得ないということです。

  2. 化粧品メーカーには、毎日香りを嗅ぐのが仕事という人がおります。鼻が人一倍良い人が検査をしています。匂いの検査は器械では難しいようです。彼は日常生活では強いにおいは避け、にんにくなどは絶対に食べないのだそうです。

  3. 食品メーカーには、朝から夕方まで食品を食べることが仕事という人たちがいます。マヨネーズを作っている会社では、毎日マヨネーズをなめるのが仕事です。てんぷら油を作っている会社では毎日てんぷら油をなめるのが仕事です。

  4. 食品の会社ではサンプルを口に含んでから吐き出し、水でうがいをする場合がほとんどですが、時には飲み込んで味わう必要があります。中にはすべて飲み込まざるを得ないものもあります。ビール工場に行きましたらやはり検査部門の人たちが毎日朝から夕方までビールを飲んでいました。これが仕事だなんてうらやましい!!!この会社ではなぜか一番多くビールを飲める人が社長で次が副社長、その次が専務だそうです。まさか冗談でしょうと言いましたらほんとだと言っておりました。

  5. タバコを作っている会社にコンサルティングに行きました。そうです、日本たばこ産業株式会社です。本社の製造部門の会議室には直径50センチぐらいの大きな灰皿がいくつも置いてありまして、部屋の隅にはバケツが数個置いてあります。灰皿がいっぱいになるとバケツの中に吸殻を捨てます。そしてさらに午前二回、午後二回バケツの中の吸殻を係りの人が取りにきます。これでお分かりでしょう。彼らがいかにたくさんのタバコを吸うかを。一人一日800本から1200本吸うそうです。20箱入りで40箱から60箱です。なんともすさまじいことです。でもさらにあきれることがありました。朝から夕方まで仕事でタバコを数百本も吸っているのに、仕事が終わると自分のポケットからタバコを取り出して、やおら火をつけ「仕事が終わった後のタバコは実にうまい」と言っていました。

  6. 女性の下着やファンデーションなどに使われる繊維のメーカーに行きましたら、お客さんから不良品として返品されたものを検査するのが仕事です、という人がおりました。返品する時には洗わずに使用した状態のままで返品することになっています。洗ってしまっては不良原因がわからなくなってしまうからです。彼はお客さんの身につけた下着をそのまま検査しているのです。検査方法は引っ張ったり、つまんだり、匂いを嗅いだりするのです。器械でも検査するのですが、やはり人間でなければわからない部分があるそうです。
以上、人間の五感を活かした仕事の一端を紹介しました。人間の五感を使って行う検査を官能検査と言いますが、どんなに測定器発達してもやはり官能検査が必要なのです。人間が利用する製品は人間にとって心地よいものでなければいけません。したがって、最後はやはり人間が検査しなければいけないのだということがわかります。

ある工場に行きました。守衛室に守衛さんが二人おりまして、うち一人は金魚鉢をいつも眺めているのです。不思議に思って総務課長さんにお聞きしますと、あれは非常に大切な仕事なのです、と言われました。金魚の具合が悪くなって、‘よろっ’とすると、守衛さんは直ちに非常ベルを押します。すると工場のサイレンが鳴り、赤いランプがついてすべてのラインがストップするのだそうです。実は、この工場はフィルムを作っている工場で、工場廃水の一部を金魚鉢の中に引き入れているのだそうです。つまり、工場廃水の中に有毒の水銀などが流れ込んだ場合には金魚がぷかっと浮くという訳です。工場のラインを直ちに止められるのは守衛さんだけなので工場長よりも偉いのだそうです。さらにもっと偉いのは金魚大明神なのだそうです。何しろ命を張って工場を守ってくれているのですから。薬品や毒物などは人間の五感では検査できないので、不本意ながら動物にお願いするしかありません。