経営相談どっと混む

第29回 1997年10月1日

『学歴も資格も肩書きも当てにはならない、ということは誰でも知っている。また立派な学歴や資格を取得出来てもつまらない仕事をしている人達はたくさんいる。彼らは人生を無駄にしているとしか思えない。』

 一般に学歴社会というのは、学歴のある人を重視して、しかるべき地位に就かせたり、しかるべき仕事を任せたりすることである。大企業には立派な学歴のある人がゴマンといる。また博士号を持っている人もゴチャゴチャいる。しかしその中には仕事がからっきし出来ない人がたくさんいる。それでも長い目で見れば、やはり学歴のある人の方がいい仕事をするだろうと考えて、引き続きその地位に付かせ、その仕事を任せる事になる。難しい勉強に取り組んできたので、難しい仕事にも取り組んでくれるだろうと期待するからである。しかし学歴取得や博士号取得を目標にしてきた人達が、取得後に一生懸命仕事などする訳がない。「今までで最も勉強したのはいつですか」と言う質問に対して、多くの人が「大学受験の時」と答える事からでも分かる。いずれにしても人事考課が実力を重視して行われない事から生じる悲劇である。人事考課は本人を始め企業や官庁の活力に直接影響する。学歴重視の人事考課は国家の損失である。

 かつてある製薬会社の社長から役員の教育を依頼された事がある。そこで何のための教育かを社長に聞いてみた。すると驚いた事に、「学校と企業とは違う」という事を教えて欲しい、と言う。新入社員じゃあるまいしと思ったが、実際に役員会に出席してみて社長の言う事がよくわかった。彼らはいかに企業業績を上げるかを考えているのではなく、いかにいい論文を書くかを常に考えているのである。製薬会社の業績は新薬の売れ行きに左右される。しかし新薬の開発は長い期間研究が必要になる。そこで新薬の開発研究と称して自分の好きな研究テーマに没頭するのである。その結果新薬はなかなか生まれずに博士号ばかりが生まれる事になる。最初彼らは私に自己紹介するときに、自分は医学博士ですとか薬学博士ですとか言って、どんな仕事を担当しているのかを全く言わなかった。そこで私は何気なく「博士号というのは売り上げにどの程度貢献するのですか」と聞いてみた。すると全員が黙ってしまった。後から社長に、よく言ってくれたと感謝された。

 国家資格に関しても問題がある。会社員の中にはろくに仕事をしないで国家資格を取得する事に一生懸命の人がいる。ろくに仕事をしないのであるから、そんな人が大勢いる会社は業績が上がらない事になる。実際一生懸命仕事などしていたら試験に合格する事は出来ない。彼らは実務を習得しながら勉強する。よって会社は資格を取得し独立するための予備校となる。なぜならサラリーマンの夢は独立開業にあるからである。ところが驚いた事に国家資格取得を奨励し、取得者には手当てまで支給している会社がたくさんある。ろくに仕事をせずに勉強し、早く資格を取得し、独立開業する事を奨励しているのであろうか。仕事の実力を正しく評価出来ないため、国家資格取得で仕事が出来ると判定してしまうのである。

 資格を取得しても独立開業が出来ず、それらしい仕事も出来ないのが多い。たとえば最近新聞をにぎわしている公認会計士である。彼らは監査法人のサラリーマンであり、未だに使われている身なのである。また会計監査や業務監査と言っても名ばかりで、実際には単に事務処理をするだけである。税理士も同様である。たとえ独立開業出来たとしても仕事は税法に沿って計算処理するだけである。どちらも自分の主張など全くできない。不動産鑑定士も同じである。依頼人の意向に沿って鑑定手続きをするだけである。専門家としての意見を書く事など全くない。しかも彼らの仕事はワンパターンである。来る日も来る日も同じ事務手続きをするだけである。よって慣れれば誰にでも出来る仕事である。実際すべての仕事を女子事務員に任せ、自分は最後に著名捺印するだけ、という人が多い。実にかわいそうな人達である。そこへいくと経営コンサルタントは実にいい。提言する、指導する、すなわち自己主張する事が仕事なのである。主張しなければ仕事にはならない。それに学歴も資格も必要なければ何の制約もない。全く自由で実力次第である。ただし常に実力を磨かなければいけない。企業より常に一歩先に行っていなければならないのだ。従って最も勉強し甲斐、働き甲斐のある仕事なのである、と思う今日このごろであるが・・・・。